草花のように

日々の炊事とか、考え事とか

変な夢を見た

 変な夢を見た。

 2つのことが同時に起こっていた。

 

 1つは、同じ会社の人が、茶色いビルの屋上で、今にも飛び降りようかとうろうろしていた。他の社員さんがまばらに地上にいて、その様子を不安そうに見ていた。その人が屋上に向かったきっかけを作ったのは私だった。その人の仕事上の些細なミスを見つけて、それを本人でなく、同部署の先輩に伝えた(下っ端の私が言うと角が立つと思った)ところ、それがその人の上司たちを広く経由して、本人に伝わっていた。その人は、特に責められはしていないようだが、自身に唐突に絶望したようだった。私は罪悪感を覚えた。私があえて本人でなく先輩にチクったのは、完璧なその人を貶めようという心が少しでもあったのでは、少しでも自分の手柄を多くの人に広めたかったのでは、という疑念が心に過ったから。その人はあっけらかんとしていたから、こんなことになるなんて思っていなかった。私はその人の強さにつけ入って、少しでも自分の地位を上げるための踏み台にしようとしたのではないか。

 

 2つめは、母からの要らないプレゼントが届いた。

母から長年傷つく言葉を浴びせられてとうとう許せなくなり、怒って無視をしていた。そんな中、彼女は対話ではなくご機嫌取りのケーキを送り付けてきた。しかも恋人も友達もいない私に、一人で食べきれない大きさの生クリームたっぷりのワンホールケーキ。私の苦手なキウイフルーツがメインの。私の気なんて無視して、自分が良いと思ったものを押し付けてくるところ、大嫌いだ。ついでに、苺やらベリーやら、数種類のカットケーキを集めた、おそらく贈答用のワンホールも追加で私の手元に届いた。ネット注文で送り先を間違えて、まとめて送ってしまったようだ。何年たっても、何回教えてもネットが使えない。そういう所にもイライラする。母にメールをしたら、片方取りに来るという。そうして私の会社の最寄り駅まで母がやってくることになった。

 屋上にいる人、地上に集まった人を横目に駅に向かった。天気はよく晴れていたが、辺りに人はほとんど居なかった。駅の前の、広い歩道に設置された円形の木製ベンチに母が見えた。冷静に、贈答用のケーキの箱を渡して、去ろうとした。母はいつも通り謝罪なしで、「送りものしたからこれで終わり」という態度だった。母がなにか、余計な一言を言った。何だったかは忘れてしまったが、「私だってあなたに振り回されている」というようなこと。そのまま無視して、一生無視し続けるか、もしくは言い返すか。私は振り向いて母からケーキを奪って、地面にたたきつけ、グジャグジャになるまで執拗に足で踏みつけた。あなたはいつもそうだと母に怒鳴った。振り向いた時点で、この行動に母が言う言葉が想定できていた。「どしたん。そうやってキレ癖がある。怖いわ。」だからその通りに演じてあげた。食べ物を踏むのなんてイヤだったのに。どこか諦めた顔で「〇〇ちゃんはストロベリーで、○○ちゃんはタルトで……土日挟んで、6日に間に合うかな。」と踏みつけられたケーキを確認する母に背を向けて、そのまま一言も発さず、会社に帰った。

 茶色いビルの様子は何一つ変わっていなかったが、私は地上の人達の目線を受けずにスルリとビルに入り、屋上に何かを取りに行った。屋上の人を刺激せずにすっと物を取って降りようとしたけれど、そうしている内に屋上の人もすっとこっちに帰ってきて、まるでいつもと同じ感じで、何もなかったかのように一緒にエレベーターに乗った。その人の顔は、いつも通りあっけらかんとしていた。いつも通り、向こうから話しかけてきた。「ほんとは、ミスのことなんてどうでもよかったんですよ。でも○○が嫌いでね。」○○は、高校時代に私が嫌いだった同級生の名前で、その人とは何ら関係のない人だ。名前が出てくる時点でおかしいけれど、そんなこと夢の中では通用しない。私は後半のそれがただの取り繕いであって、人生が突然嫌になったけれど本人も良く分からないんだろう、と直感した。この夢の中では、その直感は十中八九正しかった。「ダメですよ、○○ごときで居なくなろうなんて、バカバカしいじゃないですか」と私は言った。これは嘘だとわかっていたからこそ言った。嘘でなければどんな些細な悩みも、本人にしかわからない痛みがあるから言えなかった。その人はいつも通りなんでもない顔で電話をし始めて、そのままエレベーターを降りて行った。スタスタ歩く背中を見ながら、私はこの曲面になっても、「私がミスに気付いて、わざわざ先輩に伝えた」という真相を言えないなと思った。それを言ったときにいつもあっけらかんとしているその人の、自分に向けられる視線がどのようなものか。何とも思わない可能性の方が高いのに、それでも恐ろしかったから。

 

 夢はとても静かで、荒涼としていた。私がキレてケーキを踏みつけて、母に何か怒鳴ったところ以外、だれも叫ばず、声を荒げなかった。母と私の下りは、今の関係性を過不足なく表している。母からの長年のイジリに耐えかねてケンカになり、今全く無視している状態だ。私は大学院を突然休んで働きだしたのだが、それも発端は「親に支配されるのはもうまっぴらだ」と思ったのがきっかけだった。無視しても母は、一方的にチョコレートとかお気持ち表明お手紙とかを送り付けてきている。私はチョコレートや甘いものがあまり好きでないのに。

 一方で、会社のくだりは全くの妄想だ。よく考えると、屋上にいた人は今の私の鏡映しのようだ。その人が何かを取り繕って嘘をついていると直感的に理解できたのも、突然人生が嫌になったと理解したのも、私のミラーリングだったからだろう。屋上の人を確かに認識しながらいやに冷静に駅に向かったのも、帰ってきたときに未だ飛び降りていないことに「そうだろうな」としか思っていなかったのも、飛び降りるかどうかは自分の裁量で決まると確信していたからだろう。実のところ、私は最近「抑うつ状態」と診断されて、休職を検討しているところなのだ。両親の教育の賜物で、自分に不調があるときもあっけらかんと振る舞ってしまう。あまり人に心配してもらえない人生だった。だから、会社の中でもそう振る舞っている人に勝手に自己投影して、夢に登場させたのだろう。突発的に人生が嫌になっただろうと何の疑念もなく思ったのも、まさに自分がそうだからだ。環境が合わなかった時、無理をしてしまったとき、しっかりした自分として振る舞えなくなったら、ボロボロな状態を見られる前にその場を離れたいというプライドだけあり、今までもそうしてきてしまった。案外みんな、私のミスや崩壊加減は些細な出来事にしか感じていないものなのに。

 「ダメですよ、こんなので居なくなるなんて、バカバカしいじゃないですか」という言葉は、自分自身へのものだったと思う。かつて今以上に重い鬱になったことがあったから、この希死念慮や自責、突発的な判断が脳の誤作動であることを理解しているからだろう。

 

 夢は深層心理を表す、という言葉に心から納得した夢だった。